抗菌薬が効きにくい細菌が世界中で増え、感染症の治療が難しくなっています。
深刻な問題を解決する新しい手段として注目を集めている存在が、バクテリオファージです。
バクテリオファージは、人や動物の細胞ではなく、細菌に感染して増殖するウイルス。
病気の原因となる細菌を狙って破壊できるため、抗菌薬が効かない細菌と戦う新しい治療法になる可能性があります。
ただし、バクテリオファージだけであらゆる細菌感染症を治せるわけではありません。
細菌との相性・安全性・製造方法・治療効果など、解決が必要な課題も数多く残っています。
バクテリオファージは抗菌薬に代わる万能薬ではなく、抗菌薬を支える新しい選択肢として期待されているウイルスなのです。
犯人だと思っていた人物が事件解決を手伝うような感じか。
バクテリオファージとは細菌に感染するウイルス

バクテリオファージとは、細菌に感染して増殖するウイルスの総称です。
研究や医療の分野では、短く「ファージ」と呼ばれる場合もあります。
バクテリオファージという名前は、細菌を意味する「bacteria」と、食べるという意味を持つギリシャ語に由来しています。
実際に細菌を食べるわけではありません。
細菌へ感染したバクテリオファージが細菌を壊す様子から、細菌を食べる存在に見えたため、バクテリオファージという名前が付けられました。
バクテリオファージは、海、川、土、下水、動物の体内、人の腸内など、細菌が存在する場所で見つかります。
自然界では細菌の数や種類に影響を与え、微生物の世界を保つ重要な役割を担ってきました。
すべてのバクテリオファージが同じ形を持つわけではありません。
よく知られている種類は、遺伝情報を収めた頭、細長い尾、細菌へ取り付くための繊維を持っています。
丸い形や膜に包まれた形など、異なる姿を持つ種類も存在します。
細菌とウイルスには大きな違いがある
細菌は一つの細胞でできた小さな生物です。
水分、栄養、温度などの条件が整えば、細胞分裂によって増殖できます。
病気を起こす細菌が存在する一方で、食べ物の発酵を助ける細菌や、腸内環境を支える細菌もいます。
すべての細菌が人に害を与えるわけではありません。
ウイルスは、DNAまたはRNAでできた遺伝情報と、遺伝情報を守るたんぱく質の殻などから作られています。
ウイルスだけではエネルギーを作ったり、必要なたんぱく質を組み立てたりできません。
増殖するためには、人、動物、植物、細菌などの細胞へ感染し、感染先の仕組みを借りる必要があります。
インフルエンザウイルスなどは、人や動物の細胞へ感染します。
そして、バクテリオファージが主に感染する相手は細菌です。
治療用として研究されているバクテリオファージは、人の細胞を増殖場所として利用しません。
抗菌薬は、細菌の細胞壁やたんぱく質を作る仕組みなどを狙う薬です。
ウイルスは細菌とは異なる構造を持つため、一般的な抗菌薬では退治できません。
細菌感染症とウイルス感染症で治療方法が違う理由は、細菌とウイルスの構造や増え方が大きく異なるためです。
バクテリオファージが細菌を破壊する仕組み
バクテリオファージは、細菌の表面にある受容体と呼ばれる部分へ取り付きます。
受容体の形は細菌の種類や系統によって異なります。
受容体と合わないバクテリオファージは、細菌へ感染できません。
細菌への取り付きに成功すると、バクテリオファージは遺伝情報を細菌の中へ送り込みます。
細菌が持つたんぱく質製造の仕組みなどが利用され、新しいバクテリオファージが細菌の中で作られていきます。
新しいバクテリオファージが増えた後、細菌の細胞壁や細胞膜が壊れます。
外へ放出されたバクテリオファージは、感染できる別の細菌を探します。
細菌を壊して増殖する流れは、溶菌サイクルと呼ばれています。
治療用として研究されているバクテリオファージには、主に細菌を壊す溶菌性ファージが選ばれます。
細菌をすぐには壊さず、遺伝情報を細菌の遺伝情報へ組み込む種類も存在します。
医療へ利用する場合は、バクテリオファージの遺伝情報や性質を詳しく調べ、安全性を確かめる必要があります。

- バクテリオファージが細菌に遺伝物質を注入する
- 細菌の仕組みを乗っ取り、仲間を複製する
- 複製されたファージが細胞を破って外へ飛び出す
バクテリオファージが注目される理由
バクテリオファージが注目を集める大きな理由は、抗菌薬が効きにくい細菌が増えているためです。
抗菌薬に耐える力を持った細菌は、薬剤耐性菌と呼ばれます。
複数の抗菌薬が効きにくくなった細菌は、多剤耐性菌と呼ばれる場合があります。
薬剤耐性は、細菌の遺伝的な変化によって自然に生まれる現象です。
抗菌薬の使いすぎや間違った使用は、耐性を持つ細菌が増えたり広がったりする速度を速めます。
衛生環境の不足、感染対策の不備、正しい検査や薬を利用できない状況も、薬剤耐性菌が広がる原因になります。
世界保健機関によると、2023年に検査で確認された細菌感染症のおよそ6件に1件で、抗菌薬への耐性が確認されました。
2021年には、細菌の薬剤耐性が世界で470万人を超える死亡に関係していたと推定されています。
薬剤耐性菌がさらに増えれば、肺炎や尿路感染症など、身近な感染症の治療も難しくなります。
手術、臓器移植、がん治療など、感染症を防ぐ力が欠かせない医療にも大きな影響が及ぶでしょう。
狙った細菌を攻撃できる点が大きな特徴
抗菌薬の中には、病気の原因となる細菌だけでなく、体内で役立つ細菌にも影響を与える種類があります。
バクテリオファージは、感染できる細菌の範囲が細かく決まっています。
大腸菌へ感染できるバクテリオファージが、黄色ブドウ球菌にも感染できるとは限りません。
同じ種類の細菌でも、系統が違えば感染できない場合があります。
感染できる相手が限られている性質は、病原菌を狙いやすいという長所につながります。
一方で、患者から見つかった細菌に合うバクテリオファージを探さなければならないという短所にもなります。
原因となる細菌へ感染できるバクテリオファージが見つかれば、正常な細菌への影響を抑えながら治療できる可能性があります。
患者ごとにバクテリオファージを選ぶ方法は、個別化医療の一つとして期待されています。
まるでルパン三世と銭形警部の関係だな。
複数のバクテリオファージを組み合わせるファージカクテル
一種類のバクテリオファージだけでは、感染できる細菌の範囲が狭くなる場合があります。
治療の研究では、複数のバクテリオファージを混ぜたファージカクテルも利用されています。
異なる種類を組み合わせれば、攻撃できる細菌の範囲を広げられる可能性があります。
細菌が一種類のバクテリオファージに耐えるようになった場合でも、別の種類が攻撃できるかもしれません。
ただし、細菌はバクテリオファージに対しても耐性を持つ場合があります。
ファージカクテルの組み合わせを変えたり、抗菌薬と一緒に使ったりする方法が研究されています。
バクテリオファージと抗菌薬は、細菌を攻撃する仕組みが異なります。
異なる仕組みを組み合わせることで、単独では抑えにくい細菌へ効果を示す可能性が生まれます。
効果は細菌、抗菌薬、バクテリオファージの組み合わせによって変わるため、事前の検査が欠かせません。
ファージ療法の臨床試験も登録されている
バクテリオファージを人の治療へ利用する臨床試験が、各国で登録されています。
肺の慢性感染症を対象に、バクテリオファージを吸入して緑膿菌へ届ける試験があります。
薬剤耐性大腸菌による尿路感染症を対象に、遺伝子技術を利用したファージカクテルと抗菌薬を組み合わせる試験も登録されました。
臨床試験では、安全性、体内での動き、細菌を減らす効果、症状を改善できるかどうかなどが調べられます。
臨床試験へ登録されている事実だけでは、治療効果が証明されたことにはなりません。
多くの患者を対象とした比較試験を重ね、通常の治療より役立つ場面を明らかにする必要があります。
アメリカでは未承認治療として使われる場合がある
ファージ療法は、ほとんどの国で一般的な治療薬として広く承認されていません。
アメリカでは、重い病気や命に関わる状態にあり、満足できる別の治療法がない患者が、FDAの拡大アクセス制度を利用できる場合があります。
臨床試験へ参加できないことや、期待される利益が危険性を上回ることなども条件になります。
緊急性が高い場合には、医師がFDAへ緊急使用を申請する仕組みも用意されています。
拡大アクセス制度でファージ療法が使われたとしても、FDAが治療効果や安全性を承認したという意味にはなりません。
未承認の治療には、効果が得られない可能性や、予想できない副作用が起こる危険もあります。
食品の安全を守るバクテリオファージ
バクテリオファージの利用が期待される場所は、病院だけではありません。
食品に付着した食中毒菌を減らす方法としても使われています。
アメリカ食品医薬品局には、リステリア菌を狙うバクテリオファージ製剤について、チーズなどの食品へ使用する届け出があります。
サルモネラ菌、大腸菌、赤痢菌などを狙う食品用製剤も審査されてきました。
バクテリオファージは狙う細菌が限られるため、食品の味や香りへの影響を抑えながら食中毒菌を減らせる可能性があります。
食品の種類、細菌の量、温度、保存時間などによって効果が変わるため、衛生管理の代わりにはなりません。
洗浄、温度管理、加熱、交差汚染の防止などと組み合わせて使う必要があります。
畜産や農業で抗菌薬の使用を減らす可能性
畜産では、家畜の感染症を治療するために抗菌薬が使われています。
バクテリオファージで病原性大腸菌やサルモネラ菌などを抑えられれば、抗菌薬の使用量を減らせる可能性があります。
家畜で使う抗菌薬を減らす取り組みは、薬剤耐性菌の広がりを防ぐ対策にもつながります。
農業では、トマト、ピーマン、ジャガイモ、リンゴ、ナシなどに病気を起こす細菌を、バクテリオファージで抑える方法が研究・利用されています。
養殖、水処理、病院の表面清掃なども、将来の利用先として検討されている分野です。
医療、畜産、農業、食品、環境を一つの問題として考える方法は、ワンヘルスと呼ばれます。
バクテリオファージは、複数の分野から薬剤耐性菌を減らす手段になるかもしれません。
抗菌薬耐性-農場から食卓まで

牛・豚・鶏などの家畜へ抗菌薬を与えると、多くの細菌が死滅。
一方で、抗菌薬が効かない耐性菌は生き残り、体内で増殖します。
生き残った耐性菌は、肉などの畜産物、汚染された水や土で育った農作物、調理器具や作業台、家畜のふんを通じて環境へ広がることも。
人が汚染された食品を食べたり、汚染された環境に触れたりすると、耐性菌による感染症にかかる場合があります。
感染後の症状は軽い病気で済む場合もありますが、抗菌薬が効きにくいため重症化し、命に関わる可能性もあるのです。
バクテリオファージ療法には課題も残る
ファージ療法で大きな課題になる点は、原因となった細菌へ感染できるバクテリオファージを早く探さなければならないことです。
重い感染症では、細菌の特定やバクテリオファージの選定に長い時間をかけられません。
多くのバクテリオファージを保存するファージバンクと、細菌との相性を短時間で調べる検査技術が必要になります。
製造工程の管理も重要です。
バクテリオファージを増やすためには、増殖場所となる細菌を使わなければなりません。
完成した製剤から細菌、毒素、不要な成分を十分に取り除く必要があります。
バクテリオファージの遺伝情報を調べ、毒素や薬剤耐性に関係する好ましくない遺伝子を持っていないか確認する作業も欠かせません。
人の免疫によって、投与したバクテリオファージが早く取り除かれる場合もあります。
細菌が大量に壊れた際には、細菌の細胞壁に含まれるエンドトキシンが放出され、炎症反応を起こす可能性があります。
飲み薬、点滴、塗り薬、吸入など、感染した場所に合った投与方法も調べなければなりません。
最適な量、投与する回数、治療期間、抗菌薬との組み合わせについても、十分な研究が必要です。
バクテリオファージが人類を救う可能性
バクテリオファージは、細菌に感染して増殖するウイルスです。
薬剤耐性菌を狙える性質から、感染症治療を支える新しい方法として期待されています。
患者ごとに選ぶファージ療法、複数を混ぜるファージカクテル、抗菌薬との併用、食品の安全管理、畜産や農業での利用など、活躍が見込まれる分野は幅広くあります。
医療以外の場所で病原菌を減らす取り組みは、抗菌薬の使用量を減らし、抗菌薬の効果を将来へ残すことにもつながるでしょう。
一方で、細菌との相性、耐性の発生、安全性、品質管理、製造方法、治療効果の確認といった課題が残っています。
バクテリオファージだけに頼るのではなく、抗菌薬、ワクチン、正確な検査、衛生管理、感染予防と組み合わせる考え方が大切です。
バクテリオファージは、人類を突然救う魔法のウイルスではありません。
科学的な証拠を積み重ね、適切に利用できる仕組みを整えることで、バクテリオファージは薬剤耐性菌から命を守る力強い味方になる可能性を秘めています。






